「恕」の思想
 いま世界に広がっている感染症のウイルスは、「コウモリ」か「センザンコウ」のどちらかに由来するらしい。ともかく、世界の研究者の国際協力によってのみ答えが得られる。
 この世界的大流行の端緒が中国の大都市・武漢であることから、若い頃、頻りにこの地を訪ねた記憶から、様々な、この病とは無関係な事に思いが及ぶ。
 話が中国の古典『論語』に移る。「仁・義・礼・知・信・徳」などと言う漢字やその内容は誰でも知る。日常の中で、これに振り回されている。これは、実は、社会秩序を維持していくための、『論語』に由来する漢字であり支配する側に都合のよい意味・内容でもある。一方で、庶民が納得する面もある。だから今でも存在する。
 ただ、孔子が『論語』の中で強調している肝心な語が無い。それが「恕」(ジョ)という文字であり思想である。通常、殆ど使用されない文字。意味内容は、「やさしさ、相手に対する思いやり」。この文字と対で、「怒」(ド)の字を思い浮かべるとその存在が鮮明になる。「怒」の正反対が「恕」。孔子が弟子の中で、最も信頼しそして最もそれに応えた門人・子貢(シコウ)が、「生涯、行っていくべきことを一言で言えば何か」と尋ねた際、孔子は「其れ、恕か。己の欲せざるところ、人に施すことなかれ」と答えた。
 コロナ騒ぎの中で、この「恕」の政策が何も出てこないのは何故なのだろうか。

2020-07-19
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