教訓としての「学問の自由」
 21世紀も後僅かで四半世紀。が、日本学術会議が会員にすべく新たに推薦した6名の碩学を、内閣総理大臣が任命を拒否するという驚くべき事態が起きている。日本学術会議は、我が国の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約87万人の科学者を内外に代表する機関であり、過去の戦争での猛省から生まれた日本国憲法の「第23条 学問の自由は、これを保障する」を体現する政府から独立した組織だ。歴史的な反省とは、1933年に京都帝国大学の瀧川幸辰の学説が、当時の時代にそぐわない自由主義的なものだという理由で文部省がこの教授を休職にした滝川事件などを指す。1935年には、貴族院議員だった美濃部達吉の天皇機関説が国体に反するとして、議員退職に追い込まれた事件もある。そこには、1911年から設置された特別高等警察(特高)の活動と軌を一にし、宗教団体やYMCAさえも調査の対象になった背景がある。市民の言動、行動、思想信条さえもが監視の対象となり、拷問による死者も出た悔悟の念は「第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」という条文にも顕れる。負の歴史的事実を認めることは、決して繰り返してはならぬと決意した先人たちが、後世に遺してくれた貴重な教訓であり、未来ある子どもたちへの最高の贈り物となる。使徒ペトロは主イエスとの関係を三度も否定したが、それを隠さず正直に伝え続けたところに、キリスト教会の土台(福音書)が築かれたのである。

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