巻頭言
故郷の秋田がいま大変な事になっています。クマによる人的被害が今年10月までに54人。昨年は10人でしたから、まさに異常事態です。主な原因はクマの餌であるドングリやブナの実の凶作とされていますが、ネット上では「山林でのメガソーラー開発」や「気候変動による生態系の変化」なども指摘されています。果たして本当のところはどうなのでしょうか。秋田には、古くから「マタギ」と呼ばれる猟師の文化があります。マタギとは「山と人の間に立つ人」。そんな意味があると聞いたことがあります。私はネット上の言説よりも、彼らの見立てのほうが信頼できると感じ、少し調べてみました。マタギたちが挙げる主な原因は「山と里の境界が崩れていること」です。かつてはクマの生息域と人の生活域の間に「里山」という緩衝地帯がありました。しかしその里山が減り、クマが人里へと容易に下りてくるようになったというのです。さらに、マタギたちが行う集団猟「巻狩り」の担い手が減り、動物を山へ押し戻す圧力が弱まっていることも背景にあるそうです。今年はそこに木の実の大凶作が重なりました。里山を維持していた人々の高齢化、若者の都市流出、地方の過疎化、耕作放棄地の増加、そして林業の衰退……。原因をたどっていくと、現代社会の構造的な問題が浮かび上がります。あらゆるものが都市に集中しすぎてはいないか。そんな警鐘を受け取っているようにも思えます。センセーショナルにクマ被害を伝える連日の報道や、少々過激な物言いで再生回数を稼ぐネット上の言説に惑わされず、冷静に、長い目で、そして広い視点で、この問題を考える必要があると感じています。