Y'sに結びついたきっかけ

        黒岩 恭浩
 私は福岡中央クラブのチャーターメンバーです。福岡中央クラブがチャーターしたのは1980年5月でしたので、ちょうど20年前のことです。
 そもそもYとのかかわりは、大学で学Yの寄宿舎に2年間お世話になり、社会人となってから大阪YMCA合唱団、姫路YMCA合唱団のメンバーになっていました。当時の姫路Yの総主事が福島さん(現目黒クラブ)でした。 仕事が建築であったため何回か転勤を重ねた後、東京に戻っていた1976年、福島さんから「東京西ワイズメンズクラブというのが新しく出来るのだけれど入らないか」というお誘いを受けましたが、その時はまだ現場の担当で勤務時間が不規則だったので入ってもご迷惑をかけると思って、お断りしました。
 私が1979年に九州支店(福岡)に単身赴任した直後、福岡中央クラブチャーターの動きが始まり、メンバー候補として私の名前が3人の方から上がっていました。1人は前述の福島さん、もう1人は高田彰牧師(現鎌倉クラブ)、更に私と同じ清水建設の波多江部長(現福岡中央クラブ)でした。高田牧師には幼稚園時代からお世話になり結婚式の司式までしていただいています。これではもうとても逃げ切れないと思い入会をしました。
 福岡中央クラブでは事業委員長や、会計を勤めさせてもらい、福岡での日本区大会の準備中に本社に転勤になり、東京クラブに転会して現在に至っています。思い返してみると、色々な方のおかげでここまで来たと感謝しています。