BFフルグラント南米の旅(10)

佐藤謙蔵

 チリ国北部のタラパカ州の州都イキケは、アントファガスタ空港から1時間足らず、西側が太平洋に面していて、かつては硝石産業や漁業(魚粉の輸出)で栄えたそうだが、現在では港のないボリビア国への、自動車陸揚地でもあり、また自由貿易での免税品の買物や、海岸での休息に来る人が多く、活発な町並みを感じた。しかし、海岸地帯を除く地域はいずれも砂山ばかりであり、東には高さ500mほどの断崖が南北に走っている。この断崖を登ると、パンアメリカンというハイウェイに通じるが、この途中にゴーストタウン化した街があり、現在新しい街創りをしているものの、遅々として進まない状況であり、この地域がイキケワイズメンの活動の中心舞台となっている。
 市内中心地近くのワイズ関係者が集うレストランで、オルテガ会長から会員の紹介と、今日明日のスケジュールの説明の後、歴史的建造物や博物館や公共施設等を見て廻り、その中の比較的高層な行政ビルの屋上から、市内周辺の説明を受け、これから明日のCS活動の地サンタ・ラウラ(Santa Laura)の貧困の地に建てられた小中学校へ、書籍・文房具・衣類を届けるのに同行するよう誘われ、3台のワゴン車で高度800mの砂山斜面の道を登った。アンデス山麓を南北に縦断する高速道路へ向う車も多いタ暮れだった。
 翌21日9時、ホテルにオルテガ会長が迎えに来て、再度サンタ・ラウラの小中学校を訪問し、代表の生徒達に贈呈した。午後からは、会長の友人が港湾部門の責任者ということで、丁寧な見学をさせてくださった。午後からは自由時間で、海岸を散歩したり、ワイズ活動こついて会長の自宅で話し合うなどして過した。
 22日は午前中イキケYMCAの総主事 Ricardo C. Oakley 氏を紹介され、イキケYMCAの現状を説明してもらった。YMCAスタッフは彼ひとりで大学生の息子が手伝っており、活動は公立、私立を問わず3ヵ所で公民館を使っての青少年指導を行っており、現在はまだ組織化されたものではなく、サンチャゴとの個人的関係で奉仕しているとのことで、保育所と公民館へ案内されたが、そこで働くスタッフにプログラムを提示する等、相談に応じていた。
 2006年4月24日、オルテガ会長、Oakley 総主事と3人で商工会館で落ち合い、マンゴージュースで乾杯し、会長の車で空港まで送ってもらい、ランチリ381便で15時サンチャゴ空港着。ラモス氏に迎えられて、YMCAに立ち寄り、ラモス氏他4名のワイズメンと別れを惜しみつつ、20時40分発AA912便にてNYケネディー空港経由、帰国の途に着いた。

 南米の旅も最終回になりました。このBF旅行のため、東京クラブの方々に大変お世話になりました。心からお礼申し上げます。有難うございました。


[イキケワイズメンのCS活動 (援助を求める幼小学校へ文具、本を寄贈)]


[同上]


[イキケYMCAに集う子どもたちと]